今回は映画の話。
最近、モルモン教の宣教師といろいろ話をする機会が有ったんだけど、何て言うか、ちょうど良いタイミングで宗教に関する映画を観た。
フラ~ッとAmazonプライム・ビデオを覗いてみると映画『沈黙』が配信されてた。
2016年のアメリカ映画だけど、公開当時はわりと話題になってた映画だな。
オレはこの映画を観てなかった。
遠藤周作の原作を読んでいたし、この手の歴史映画にはあまり関心がなかったからだけどね。こういう歴史物って、どうしても作り手の価値観が出てくると思ってる。
だから思ってたわけなんだけど、
日本人作家の小説を外人が映画化して何がわかる!?
ってなww
だけど、Amazonプライム・ビデオで配信してるとなると、うん、少しは観てみたい気がする。
だって・・・
タダだからな!ww
って事で、今回は映画『沈黙-サイレンス-』を観た個人的な感想を書いてみようか。
いつものように結論から書くけど、
不愉快な映画だな!ww
ってのが、オレの一番の感想。
そりゃね、監督はマーティン・スコセッシだし、評判になるのも分かるけど・・・。
マーティン・スコセッシって言うと、誰もが認める名匠と言ってもいいぐらいの監督だろ。
だけどなぁ・・・この映画に限っては不愉快な描写が多い。
何が不愉快って、江戸時代の日本を描いてる映画だけど、ここに出てくる日本人(農民やら漁民)は・・・
原始人みたいな描かれ方!(怒)
キリスト教を信仰して迫害されてる日本人を描いてるんだけど、これが粗末な着物で、食べてる物も粗末、野良仕事かなんかで姿は泥だらけ・・・。
いくら迫害されてたとはいえ、これはオーバーな描き方だと思ってる。
って言うか・・・
日本人をバカにしてんのか!?
って感じだ。
映画の中身も、キリスト教の宣教師が日本にやって来て、「下等な日本人」に神の教えを授けてあげる、って姿勢が垣間見える(オレの独断w)
原作の意図してるところを半分も映画にしてないと思ってるぞ。
で、この映画のストーリーを簡単にまとめてみると・・・
17世紀、江戸時代初期― ポルトガルで、イエズス会の宣教師であるセバスチャン・ロドリゴ神父(アンドリュー・ガーフィールド)とフランシス・ガルペ神父(アダム・ドライヴァー)のもとに、日本でのキリスト教の布教を使命としていたクリストヴァン・フェレイラ神父(リーアム・ニーソン)が日本で棄教したという噂が届いた。尊敬していた師が棄教したことを信じられず、2人は日本へ渡ることを決意する。
2人は中国・マカオで日本人の漁師にしてキリシタンであるキチジロー(窪塚洋介)の手引きにより、日本のトモギ村に密入国する。そこでは隠れキリシタンが奉行の弾圧に苦しみながらも信仰を捨てずに祈り続けていた。司祭はなく、「じいさま」と呼ばれる村長のイチゾウ(笈田ヨシ)だけが洗礼のみを行えるという環境だった。2人は村人達と交流を交わし、布教活動を行っていく。キチジローはかつて弾圧を受け、踏み絵により棄教を示したが、自分以外の家族は踏み絵を行えず、眼前で処刑されたのだという。罪の意識を背負い苦しむキチジローは自分の村である五島列島にも2人の宣教師を招き、布教を広める。そこでフェレイラの手掛かりも掴み、任務は順調かと思えた。
しかし、キリシタンがトモギ村に潜んでいることを嗅ぎ付けた長崎奉行・井上筑後守(イッセー尾形)が村に訪れ、2人の宣教師の身柄を要求した。村人達は必死に匿ったが、代償としてイチゾウ、キチジロー、そして敬虔な信者であったモキチ(塚本晋也)を含む4人の村人が人質となった。奉行は踏み絵だけではキリシタンをあぶり出すことは困難と考え、「イエス・キリストの像に唾を吐け」と強要した。4人の内キチジローを除く3人は棄教しきれず、処刑されることとなった。
自分達を守るために苦しむ信者達を見てロドリゴは苦悩する。「なぜ神は我々にこんなにも苦しい試練を与えながら、沈黙したままなのか?」 ~wiki~
って映画だ。
要は、自分たちはこんなに苦しい試練に耐えて神に祈ってるのに、なぜ神は沈黙したままで助けてくれないのか?って事を問うてる。
宣教師が言うんだけどね、神に祈ればパライソ(天国)に行ける・・・
その言葉を信じて、何人もの日本人が殺されるんだけど、ここで言うパライソ(天国)ってのは、西洋人が言うところの天国と、日本人が想像する天国とは違うような気がしてならない。
彼らのような一神教と、日本に古くから根付く「自然の中に神が居る」という八百万神(やおろずのかみ)とは相容れないだろ。
根付いてるものが違うんだから、なかなか理解されないのは仕方ないんだけど、宣教師にこんな事ばを言わせてる。
この国は沼地だ。
どんな苗もその沼地に植えられれば、根が腐り始める
沼ってなんだよ!?
ったく頭にくるww
このセリフは、日本に布教に来て、上手く行かずに(迫害に耐えかねて)棄教した宣教師が言ってるんだけど、上から目線の精神構造が透けて見えるセリフだと思ってるぞ。
我々は未開の地に布教にきた進んだ人種、ここ日本はまるで価値観が異なる沼地のような土地・・・
って言ってるようにしか聞こえない。
西洋人の傲慢さだ。
オレがそう思うのは、最近、モルモン教の宣教師に付きまとわれて頭に来てるってのも原因の一つかもなww
その辺りのことは以前の記事にも書いたけど、彼らが言うことは映画『沈黙』の宣教師と同じ。
モルモン書を信じなさい!
・・・・・・
信じれば天国に行けます!
・・・・・・
約束します!
・・・・・・
もうね、最近は思ってる。
バカじゃね~か!ww
根っこにある土台の部分が違うんだから、オレが信仰するわけない。

う~ん、話が脱線したな。
映画の話を書いてるんだったww
この映画、踏み絵のシーンなんかも出てくるんだけど、全体を通しての描写はさすがスコセッシと思わせるような描写だ。
だけど、どうしても嫌らしさを感じるのは、
我々は未開人に布教してる
っていう匂い。
オレだけかもしれないけど、こういう映画は好きになれない。
映画のタイトルは『沈黙』だけど、ここに出てくる宣教師は随分と・・・
雄弁だな!
2時間を超える映画だったけど、不愉快になっただけだった。
いつかも書いたけど、キリストがなんぼのもんだっての!
日本には伊勢神宮があるわ!ww
今回の『沈黙-サイレンス-』はオレ的には☆2個!
いやぁ、この映画を観たら原作者の遠藤周作はなんて言うんだろうな。
まぁ、あの人はクリスチャンだから、オレみたいな否定的な感想は持たないかもだけど・・・。
そうそう、ここ数年は村上春樹がノーベル賞を獲るんじゃないかって、毎年のように話題になってるけど、オレが子供の頃なんて遠藤周作もそんな事をいわれてた時期があった。
日本人で次にノーベル賞を獲るのは遠藤周作か井上靖じゃないか?
なんてな・・・。
遠藤周作は良い小説をたくさん書いてるんだけど、オレのオススメは『海と毒薬』だ。
戦争中に起こった捕虜虐待(九州大学生体解剖事件)を題材にした小説だけど、こちらの衝撃もなかなかのものだ。
こちらも映画化されてたはず。
いつものバイト君の下書きチェック

辛口な感想だww

観てて不愉快だったから、そのまま書いただけだ

モルモン教の件で、最近は宗教に神経質になってるんじゃ?

まぁ、それもあるかもな・・・
どっちにしても、あれは許せんのだ!

あれって?

農民とか漁民を原始人みたいな描き方してるだろ~が!
日本人を何だと思ってやがるんだ!

・・・・・・
外国人が日本を描くと、とかくおかしな描き方をしがちだ。
古くは『ティファニーで朝食を』に出てくるメガネの日本人な。
もっと有名どころだと、こういう映画でも訳の分からん描写で面白くも何ともなかった。この映画だけどね。

製鉄所だっけ、あそこの出勤シーンなんか・・・
日本なのに日本に見えない!







コメント
いきなりモルモン教の話が出てきて笑ってしまいましたwww
>アラチャンサン
ホント、モルモン教には付きまとわれて苦労してるのだわ(;_; 親切心で一寸話を聞いてやったら、朝晩構わず電話してきたり…。
この映画の中で浅野忠信が言ってるんだけど、「お前たちは教えるばかりで学ぼうとしない。日本には日本の文化、宗教、習慣があるのだ…」
まさにその通りなのだわ(;_;
『海と毒薬』…高校生の時に読みました。かなりの衝撃で嫌悪しましたが、年齢を重ねて読み返すと違った捉え方が出来るようになりました。許せないのに理解できる…みたいな。そして、ただただやりきれなくて…。続編の『悲しみの歌』に出会ったときは、晩年の勝呂医師の心の痛みにボロ泣きしました。遠藤周作さん……好きな作家さんです。重いテーマの作品が多いですがきっと心優しい方なんだろうなと思います。本を読み漁ったのは学生時代でもう随分と読んだ作品を忘れていますけど…。(長文で失礼しました)
>Pagoさん
『海と毒薬』は若い人も読むべき小説だと思ってるのです。最近の若い子は活字離れが酷い(泣)
遠藤周作とか安部公房、井上靖なんて、昔は本屋に行けばズラ~ッと並んでたのに、今は…。
昔の本にも読むべき名作は多い。って、昔って言っても、たかだか2~30年前だけど・・・。
“朝晩構わず電話”って、もう日本には八百万の神がいるのでと断ってしまうか、時間によってはもう警察に言うぞ!で黙らせちゃうしかないかもですね( ;´Д`)
>アラチャンさん
そうそう!伊勢神宮の地元なのに西洋の神様を奉る訳にはいかない!ww
つか、なんだかんだで口車に乗せられて、また土曜日に教会に行く約束させられた(;_;
逃げ出したい!