【読書】未来への小さな希望を描く荻原浩の短編集『海の見える理髪店』

いやぁ、良いものを読んだ。
小難しい純文学でもないし、著者の思想が前面に押し出されてるルポでもない、味も素っ気もない乾いた文章のドキュメンタリーでもない、ごくごく普通の大衆文学だ。
何を読んだかというと、荻原浩の直木賞受賞作『海の見える理髪店』

荻原浩は好きな作家なんで以前にも彼の作品についてはブログで書いた事が有るんだけど、本屋をブラブラしてる時にたまたま見つけたのが本書。
帯には「直木賞受賞作」って書かれてるし、これは読んでみたい。背表紙をチラッと見てみると、どうやら短編集のようだ。短編集なら隙間時間に読み進める事も可能。
もちろん即買いしたぞ。

荻原浩はなかなか懐の深い作家で、『明日の記憶』では若年性アルツハイマーを扱ったり、『僕たちの戦争』では戦争に翻弄される二人の青年を描いたり、様々なテーマを取り上げては水準以上の作品を書いてる。彼独特の笑いを誘うようなユーモアの溢れる文章も魅力。
今回の『海の見える理髪店』、今度はどんな気分にさせてくれるのか、ワクワクしながら読みはじめた。

って訳で、今回は荻原浩の直木賞受賞作『海の見える理髪店』の話を書いてみよう。



いつもの事だけど、オレが映画やら小説の事をブログに書く時は、「極力ネタバレしない方向」で書くようにしてる。
今回もその姿勢は変わらないぞ。
書評ブログなんかでは自慢げにネタバレしてるブログもあるし、映画のブログでも同じだけど、昔からあの手のスタイルは好きになれない。
そもそも、作者や製作者に失礼。
難解な小説や映画の解説をするのは良いとしても、ミステリーなんかのネタバレをするのは言語道断だと思ってるのだww
オレなんかも小説やら映画の感想をブログに書くけど、オレが書いてるのは・・・

あくまでも感想!ww

一冊の本を読んだからと言って、「書評」なんて畏れ多くて言えない。
まぁ、簡単にいうと、素直に思った事、感じた事を書くだけの・・・

読書感想文!ww

 

 

で、この『海の見える理髪店』だけど、六編の短編が収められてる。
連作短編じゃないので、それぞれが独立した短編なんだけど、この六編がどれも秀逸。
ここに描かれるのは、それぞれが何かの事情を持つ人物。男であったり女であったり、子供であったり・・・。事情と言っても特別なものじゃない。
誰でも生きてる間には後悔する事や悩む事、迷う事があるだろうけど、そういう「誰にでもある事情」を描いてる。
その事情を乗り越えた時に、未来への小さな希望を感じる事が出来ると思うけど、登場人物たちが小さな一歩を踏み出す姿が読んでいて心地よい。

短編なんでそれぞれの物語を事細かく説明してると、ストーリーを全部書く羽目になりそうなので、各短編についてなるべく簡単に感想をを書いてみよう。

 

 

海の見える理髪店

「僕」は海の見える理髪店を訪ねる。腕が良いと評判の理髪店だ。
わざわざ予約を入れてきたわけだけど、寡黙そうな店主が一人でやってる店だ。希望のヘアスタイルを訊いてハサミを入れる店主。寡黙だと思ってた店主が、ポツリポツリと自分のことを話し始める・・・。

これ、なんだか変な緊張感があるんだよね。

美容院しか行かない「僕」がどうして予約を入れてまでこの散髪屋に来たのか・・・。
どうして店主は自分の若い頃の事を話し始めたのか・・・。

モヤモヤした気分で読み進めると、店主の口から衝撃の一言が(もちろんネタバレしない方針なんでここでは書かない)。
その場面、「僕」が顔に剃刀を当てられてる場面だから、そりゃ緊張感マックスww
その後も店主は「僕」にいろいろと話をするんだけど、この短編は間違いなく傑作。
「僕」の旋毛(つむじ)が普通の人と違って特徴的って事が見事な伏線になってる。

上手いんだよなぁ・・・

最後の二行(もちろんネタバレしないww)は、寡黙な店主の心情が表れてる名セリフ。胸の奥が熱くなるセリフで、読後感も申し分ない。
この短編を映画化するなら店主の役は高倉健しか思い浮かばないなww

 

 

いつか来た道

母親との折り合いが悪く、13年間も会ってない母親に娘が会いに行く物語。
今のうちに会っておかないと後悔すると弟に言われて、しぶしぶ実家に戻って来た娘。そこに居る母親は認知症が疑われる症状・・・。
昔ながらの厳しい母、ときおり子供のようになる母、その母を見て自分の子供時代を思い出す娘。

オレなんか男だし、女性心理は解らないけど(多分、永遠にw)、読んでいて「へ~、なるほどなぁ」って思わせる筆力はさすが荻原浩
この主人公の女性は姉が居る(居た)んだけど、姉妹って変にライバル心を燃やすものらしい。その辺りの心理描写、男のオレが読んでも納得できるから、なかなかのものだと思う。もちろん、オレが納得したからと言って、世の中の姉妹が全部が全部、ライバル心を燃やしてるとは限らないけど。というか、ライバル心を燃やす方が少数派な気もするww

元美術教師の母親がキャンパスに塗りたくった絵・・・。
自分の娘が来ている事も理解できず、娘の事をヘルパーだと思ってる母親がキャンパスの中のそれぞれの色を指さして「これは上の娘」「これは夫」・・・自分の娘に説明する母親。
ここは緊迫感あるな。ボケた母親を見る娘の気持ちが冷静な筆致で描かれてる(なにしろ13年間も会ってないww)。

最後、一人で電車に乗り込む娘・・・。
13年間のわだかまりを超えた先に小さな再出発の兆しが見えて物語は終わる。
女性心理を上手く描いた短編。

 

 

遠くから来た手紙

夫への不満が爆発して、小さな子を連れて実家に戻った祥子が主人公。
実家に戻ったのはいいけど、そこは弟夫婦が親と同居しており、もはや祥子が独身時代を過ごした実家とは違っていた・・・。
これだけだと、いかにもドロドロした物語に思われるかもだけど、この短編のテイストは一味も二味も違ってる。
この短編の味付けは・・・

青春小説!

中学の同級生と結婚した祥子が、高校になる前に東京へ転校していった夫との想い出を振り返るシーンがふんだんに有る。この回想シーンのおかげで、味付けが青春小説になってる。とは言え、弟の嫁を冷徹な目で観察する姉の姿もあり、一筋縄でいかない短編だ。
夫が迎えに来る事を心待ちにしながらも、自分の帰るべき家は夫の居る東京の家だと悟って実家を後にする祥子。入れ違いでやって来るだろう夫への言葉が荻原流のユーモアでクスリと笑わせる。
誰もが経験しただろう若い頃の恋心を思い出させてくれる短編。




空は今日もスカイ

小学校3年生の茜が主人公。
どういうわけかリュックを背負って海を目指して歩いてる場面から物語は始まる。空はスカイ空の色はブルー川はリバー・・・陽気な茜は覚えたての英単語を頭の中で諳んじながら歩いてる。

子供の冒険物語か?

最初はそんな感じで読み始めたんだけど、とんでもなかったな(涙)
茜にも小さな胸を痛ませる悩みがあった。
そして物語が大きく動き出すのが、海へ向かう途中で出会った小学生の森島陽太との出会い。

森島・・・森だからフォレストかぁ・・・

陽太の事をフォレストと呼び、二人並んで海へと歩きだす。
このフォレストの言葉の端々から、ある疑惑が嫌でも浮かんでくる。このフォレストも一つの「事情」を持つ少年だった。
茜とフォレストの会話で、こんなやりとりが有るんだけどね、雨が降り始めて屋根付きのお地蔵さんの両脇で雨宿りしてるんだけど・・・

邪魔だな。放り出そうか、お地蔵。

やめなよ。バチがあたるよ。

でも狭いし。

犬のケージより広いよ。

ケージ?

お父さんとお母さんがいっしょのふとんに入るときには、ぼくはそこに入るんだ。

このセリフにはぶっ飛んだぞ(涙)
この少年にも何か事情が有りそうだとは思ったけど、これって、最近やたらめったニュースになってる・・・

虐待!

もうね、ここからは茜とフォレストを応援する読書。
読みながら心の中で、ガンバレ、ガンバレ!って祈ってた。
ラスト、小さな希望の光が見えたところで物語は終わるんだけど、オレの目にも涙がジワリ・・・。
てか、小学校3年生ぐらいだと、やっぱり女の子の方がシッカリしてるんだな(オレの時代もそうだったww)

 

 

時のない時計

こちらは父と息子の物語。
母親から渡されたのは父の遺品、ブランド物の腕時計。その時計を修理するために商店街のはずれの小さな時計屋に赴いた「私」。
店に居たのは父親と同じぐらいの年齢の店主。
この「私」と店主の会話にそれぞれの思いが滲み出ていて、読んでいて味がある。
「私」は昭和34年生まれの設定だから、少年時代は高度成長期の真っただ中。この世代の一回り後に生まれたオレだけど、この「私」の心情はよく解るんだよなぁ。
やっぱりこの時代の父と子ってのは今の時代とは違って、会話をするにも・・・

なんか照れがある!ww

もちろん子供の時は普通に会話をするけど、成長して大人になると、いつしか父親と二人きりで居る事が気恥ずかしいようなww
そのくせ、父親には一歩引く、というか遠慮みたいなものもあってww
この短編はその辺りがよく描けてる。

時計屋なんだから時計に囲まれてるのは当たり前なんだけど、その中には店主の思い出の時計もあり、「私」は店主と話すうちに自分の父親の事を思い出す・・・。過去に縛られている店主と、修理されて動き始めた腕時計。過去と未来(動き始めた時計)のコントラストが鮮やか。
そして、最後の店主の言葉・・・。
その言葉を聞いて、妙に納得する「私」・・・。

歳をとるってのは、こういうものなのかも

って思わせる短編だった。

 

 

成人式

これは泣いたなぁ。
読み終わった後、ジワ~ッと目頭が熱くなった。この短編集の最後を飾るのはある夫婦の物語。

深夜、ビデオを観てる夫婦。娘が小さい頃のビデオだ。
その娘は5年前、15歳の時に登校途中でトラックに撥ねられて死んでしまってるんだけどね。
5年経った今でも、娘のことを忘れられない両親・・・。
忘れようと努力しても忘れられない日々が続いてるんだけど、そこへ両親の気持ちを逆なでするように届いたのが成人式の振り袖のダイレクトメール。
古い名簿から送ったらしく、死んだ娘にも着物の案内が届いたんだけど・・・。

父親の心情が痛々しいんだよなぁ(泣)
ダイレクトメールを見て意を決した父親、なんと妻と一緒に成人式に出る事を決意。
死んだ娘の代わりに成人式に出よう、って事なんだけど、最初は嫌がってた妻もだんだんとノリノリに・・・。
この短編集の中では、唯一、この作品はユーモアに溢れてる。荻原流のドタバタ劇の始まりだww

さぁ、成人式の当日がやって来た。
やっぱり帰ろう、と直前になって尻込みする妻を連れて成人式会場に来たんだけど、そこでも一悶着が・・・。
ドタバタ劇なんだけど、泣けるんだよなぁ。

ネタバレしない主義だけど、泣かせ所を書きたい!ww

もちろんフィクションだし、現実にはこの物語ほど上手くコトが運ぶかどうか分からないけど、「こういう事、あってもいいよな!」って思わせる心温まる短編。

 

って事で、『海の見える理髪店』に収録されてる六編について簡単に感想を書いたけど、この短編は「未来への一歩」を踏み出す人を描いた短編集。
その未来には小さいかもしれないけど希望がある物語だ。

『海の見える理髪店』の店主と「僕」は、過去のわだかまりを乗り越えて、新しい未来へと目を向けてるし、『遠くから来た手紙』の祥子は、自分の帰るべき家は夫の居る家だと悟って新しい未来へと踏み出そうとしてる。『空は今日もスカイ』の茜とフォレストにはきっと今とは違う未来が開けるだろうし、『成人式』の夫婦だって、成人式に出席した事で新しい一歩を踏み出すだろう。

いやぁ、ホント、良い短編集を読んだ!



いつものバイト君の下書きチェック

バイト君
バイト君

ベタ褒めww

マサト
マサト

これは良かったぞ^^

バイト君
バイト君

泣いたんですか?ww

マサト
マサト

おう!
最後の『成人式』はジワッと涙が出た^^

バイト君
バイト君

鬼の目にも涙ww

マサト
マサト

・・・・・・

 

そういえば似たようなタイトルの小説が有ったな。
たしか映画化もされたし、その映画も観たハズ・・・。
なんだっけな、ちょっとブクログの記録をみてみよう。

そうそう!思い出した・・・

森沢明夫『虹の岬の喫茶店』だったww
あんな毒にも薬にもならないような小説よりも、『海の見える理髪店』の方が段違いに読む価値はある(吉永小百合主演だし、いちおう映画も観たけど駄作もいいとこだった)。

あくまでもオレの個人的な感想だけどな!ww

 

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