この小説を初めて読んだのは刊行直後の2000年だった。
ある一つのフレーズが評判になっていて興味を覚えたのがキッカケ。
どんなフレーズかと言うと、作中に登場する中学生の言葉・・・
この国には何でもある。
本当にいろいろなものがあります。
だが、希望だけがない。
このフレーズも衝撃だったけど、小説自体もなかなかの衝撃度で、現代日本への警鐘と言っても良さそうな内容に背筋に冷たいものが走る感覚だったな。
この前、クローゼットを整理してたら、たまたまこの本が出てきた。
実に19年ぶりに手に取る本だ。
それが、これ・・・
村上龍の『希望の国のエクソダス』
古本屋か買取業者に売ったもんだと思ってたら、まさかクローゼットの奥に残ってたとはww
20年近く前に読んだ本がそのままの形で現れると、うん、何て言うか感慨深いものがある。
これも何かの啓示かもしれないし再読してみることにしたぞ。まぁ、クローゼットから現れた本が毒にも薬にもならないような本ならそのままにしておくんだけど、初読の時にかなり衝撃を受けた小説だ、久しぶりに読んでみるのも悪くない。
20年前と今とでは受け止め方も変わるかもしれないし・・・。
って事で、今回の話は村上龍の『希望の国のエクソダス』を20年ぶりに再読してみた話を書いてみようか。
この小説の舞台は2001~2004年頃の日本が舞台。
つまり刊行(2000年)された時は「近未来」を描いた小説。そして今は2019年、小説の舞台は「過去の日本」になってるんだけど、果たしてこの小説に描かれてるような日本になってるんだろうか・・・。
この小説、どういう小説かというと、本の帯に簡単に書かれてる。
2002年秋、80万人の中学生が学校を捨てた!
かなり強烈なキャッチコピーだ。
だけど、小説の内容の方はもっと強烈。
久しぶりに読んだけど、冒頭から読者をグイグイ引っ張る展開は見事。
冒頭部分、一人の少年にスポットが当てられる。
16歳にしてパキスタンの国境近くで地雷処理に従事してる日本人の少年だ。もうね、冒頭から物語の世界に引き込まれる事間違いなしの推進力。
日本人の16歳の少年が何故パキスタンで地雷処理?
学校には行ってないのか?
いろんな謎が頭の中で渦を巻く。
彼の姿がCNNで放送されてから、日本のマスコミもパキスタンへ殺到。インタビューを試みようとするものの、ことごとく子供扱いされてしまう。
この少年にインタビューするアメリカのCNN記者との会話が、この物語の本質を表してる。
いつここに来たのか?
二年前だ
なぜここに君がいるんだ?
日本が恋しくはないか?
日本のことはもう忘れた
忘れた?どうして?
あの国には何もない、もはや死んだ国だ、日本のことを考えることはない
この土地には何があるんだ?
すべてがここにはある、生きる喜びのすべて、家族愛と友情と尊敬と誇り、そういったものがある、我々には敵はいるが、いじめるものやいじめられるものがいない
いやはや、凄い会話だ。
これ、まだ読み始めて10ページも進まないところの会話だぞ。
16歳の日本の少年とCNNの記者・・・どちらが大人か分からないような会話だ。
この少年に影響を受けたのが日本の中学生たちだ。
CNNで放送された彼の姿を見て、様々な行動をとるようになるんだけど、ある者はパキスタンを目指そうとし、それが「大人の力」によって頓挫させられると集団での登校拒否。
何十万という単位が登校拒否になるわけで、もはや日本の中学教育は半ば崩壊してしまう。普通に考えて、こんな事は起こらないだろうし、起こってはいけないんだけど、この辺りを村上龍は実に上手く描いていて「目の前で本当に起こってる事」のように描いてる。20代のフリーライターを登場させる事で、彼と中学生の関係を軸に物語を進めていくんだけど、このフリーライターの目を通す事で、我々、読者からの視点にもなってる。
中学生だけの一方的な視点になるんじゃなくて、我々、大人の目を通す事で「冷静に事態を見る」事ができるってわけ。
学校へ行かなくなった中学生たちは何をしてるかと言うと、インターネットを使って全国的な組織を育てていくわけだけど、この組織も誰かがリーダーになって指導してるんじゃなくて、あくまでも「自然発生的に」生まれた組織だ(それだけに恐ろしいんだけど)。
この中学生たちは何を目指してるのか?
読んでいてその点が気になる(再読なので、もちろん答えは解ってるんだけど)。
フリーライターと中学生の会話の中で、中学生がこんな事を言ってるんだけどね。
将来的には中央銀行に束縛されない独自の通貨を発行したい・・・
これって、あれだろ・・・昨今、何かと騒がれてる、
仮想通貨!
2000年の初読の時には気にも止めなかった部分だけど、あの時点で仮想通貨の到来を予言してた村上龍は凄い。
しかも、こんな台詞を登校拒否してる中学生に言わせてるんだからな。
この小説、日本の「重苦しい空気感」、「将来への漠然とした不安」を描いてるんだけど、読み方を変えれば「経済小説」としても充分な面白さ。ここに描かれてるのは中学生の「反乱」だけじゃない。
「大衆の喜ぶものしか映さないマスコミ」、「無為無策な政府と官僚」、「本質を捉えることが出来ない国民」・・・そういうものが全て描かれてる。
例えばこんな文章が書かれてる。
日本経済はまるでゆっくりと死んでいく患者のように力を失い続けてきたが、根本的な原因の究明は行われず、面倒な問題は常に先送りされた。(中楽)つまり誰も本当の危機感を持てなかったのだ。
「見たくないものは見ない。見たいものだけ見る」という大人への反乱と言えるかもな。
登校拒否(不登校児)たちの作りあげた組織は既成の概念にとらわれることなく、様々な手法で収益をあげるようになる。日本を代表するような企業でさえも、無視できないような存在になっていくんだけど、いよいよ組織の代表者が国会で参考人として証言する場面だ。
そこで、この有名な言葉が出てくるんだけどね。
この国には何でもある。
本当にいろいろなものがあります。
だが、希望だけがない。
普通に考えて、今の日本でこの小説に描かれてるような事は起こりえない(起こったら困るw)けど、この小説、
妙にリアリティが有る!
このリアリティ、初読の時に感じた以上に強烈に感じる。
何故か・・・。
2000年に刊行された本書(舞台は2002年)だけど、2019年の今、ここに書かれてる日本を取り巻く環境が小説の内容とかなり近いからだ。
もちろん今の日本で中学生が集団で不登校になってるわけない。
だけど、それ以外の部分は・・・
概ね村上龍の描いた通りの世界!
これがリアリティを感じる所以だろうな。
この小説のストーリーをwikiさんから軽く引用すると、
経済が停滞し閉塞感の漂った現在の日本。そんな現在社会に絶望した約80万人の中学生達は2001年6月のある日、突然CNNで報じられた、日本を捨てパキスタンで地雷処理に従事する16歳の少年に触発され、学校を捨てる。彼らが結成したネットワーク『ASUNARO』は、インターネットなどを駆使して新たなビジネスを始める。最終的には、北海道に広大な土地を購入し30万人規模で集団移住、都市および経済圏を独自に作り上げ、「日本からの実質的な独立」を果たす。
そう、最終的には北海道の土地を購入して、そこに新しい市を作り、独自の通貨を流通させるわけだ。
物語のラスト、中学生の時からの馴染みの子を訪ねて北海道へ行くフリーライターの夫婦。
電力を賄うための風力発電の設備、綺麗に整備された街並み、ホテルでの最高のサービス・・・ここはまさにユートピアのような世界。
そこへボランティアを名乗る一行が現れて、この新しい市と一悶着あったりするんだけど・・・。
この新しくできた市を気に入り、本気で移住を考える妻を横目に、フリーライターは考える。
この快適で人工的な町に希望はあるのだろうか
ここら辺は読者それぞれの受け取り方なんで、オレとしては何とも言えないけどww
ただ、フリーライターはこうも続けてる。
もし希望があるとしても、実現に向けてドライブしていく動力となるのは欲望だろう。
彼らに欲望が希薄なことはポンちゃん自身が認めている。
あの風車の音を日常として聞く生活というのはどういうものなのだろうか。
おれはまだ結論を出していない。
この夫婦が最終的に北海道に移住するのかどうか、小説では明らかにされてないけど、う~ん、オレだったらこんな町に住むのは・・・
まっぴらごめんだ!ww
小説の中の中学生たちは「ユートピア」のような感覚でこの市を作ったのかもしれないけど、ここに描かれてるのはオレにとっては「緩やかなディストピア」。
バブル時代を若手サラリーマンとして過ごしてきた身としては、やっぱり違和感を感じるんだよなぁ。
ラストの文中にも書かれてるけど、実現に向けてドライブしていく動力となるのは欲望だと思ってる。バブル期ってのは、イケイケドンドンの時代だけど、
間違いなく欲望だけはあった!
良い車に乗りたい、良いマンションに住みたい、良い服を着たい・・・
あの時代って欲望まみれだったからなww
その欲望を満たすために懸命に働いたし、結果を出した人には相応の報酬も約束されてた時代だ。
やりがいが有った!
そんなオレが、こんな希望のない町に住めるわけないww
仕事柄、中高生と接する機会が多いけど、たしかに今の子は可哀そうだと思う事はある。
と言うか、中高生に限らず今の30歳前後の人も気の毒だとは思う。物心ついた時には阪神淡路大震災、オウム事件、同時多発テロ・・・ろくな事が無い世の中だったからな。バブルの浮かれた気分も知らず、生まれた時から世の中は閉塞感に包まれてる。
たしかに村上龍の書く通り、今の子は欲望が希薄になってるとは思うし、まぁ、こんな世の中、欲望も希薄にならざる得ないのかもな。
そんな事を考えてしまった再読だった・・・。
いつものバイト君の下書きチェック

いろいろ凄そう・・・

久しぶりに読んだけど、村上龍の書いたような日本になってる

まぁ、僕を含めて最近の若者は欲望には希薄かもですね

そこが良い所でもあり悪い所でもあると思うぞ

そうは言っても、世の中は変わらないし、変える方法も解らないし・・・

とりあえず、欲望を持つんだ!

・・・・・・

行動を起こす最大のエネルギーは欲望!^^

・・・・・・

・・・・・・

欲望のかたまりのマサトさんには言われたくない!ww

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作中、日本はゆっくり死んでいく、って言葉が何度か出てくるけど、死んでいくのは日本と言うよりも・・・
子供たち!
なんじゃないだろうか・・・。




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