今回はヒトラーを扱った映画。
これまでも『帰って来たヒトラー』だとか『ヒトラー~最期の12日間~』なんて言う映画について書いてるし、直接ヒトラーは出てこないけど戦争の傷や暗部を描いた『手紙は憶えている』、『偽りの忠誠』等にも触れていたんだけど、今回の映画は一般のドイツ人が主人公の映画。
あの時代のドイツは、ヒトラーという類いまれな指導者、ユダヤ人迫害、第二次世界大戦等々、映画の題材には事欠かないし、実際、これまでにも多くの映画が作られてるんだけど、今回の映画はそれらとはちょっと趣きの違う映画だ。
よく有りがちな、迫害されるユダヤ人が可愛そう、って言う視点じゃないし、ヒトラーの狂気を描いてるわけでもない。
描かれてるのは一般のドイツ人労働者だ。
って事で、今回は映画『ヒトラーへの285枚の葉書』について書いてみようか。
この映画の原作『ベルリンに一人死す』は何年か前に図書館で借りて読んだ事があるんだけど、読んだ時にはぶっ飛んだな。
ハラハラドキドキのサスペンス感、読後に残る何とも言えない虚脱感・・・まさに読書を楽しんだ!って気にさせる一冊だった。
しかも、この小説は・・・
実話を基にしてる!
実話だぞ、実話!
普通、こういう実話を書くとドキュメンタリー風な筆致になって、乾いた文章になりがちだけど、ちゃんと小説として成立してる。
各紙の評価も、
「『ベルリンに一人死す』には、コンラッドの恐怖と、ドストエフスキーの狂気と、カポーティ『冷血』のぞっとする脅威がある。寡黙なクヴァンゲル夫妻のなかに、ファラダは不滅の象徴となる人物像を作り上げた。
夫妻は「どんな醜悪にもまして醜悪なもの」に対して闘いを挑み、我々全員の罪を償ってくれるのだ。」
――『ニューヨーク・タイムズ』紙
「肺腑をえぐり、心胆を寒からしめる……ル・カレのようなサスペンス。」
――『ニューヨーカー』誌
と絶賛。
かなり長い小説だけど、一気読みさせる推進力は相当なものだし、一度は読んでおきたい一冊なのは間違いない。
で、昨日のことだけどAmazonプライム・ビデオで偶然見つけたのが、この『ヒトラーへの285枚の葉書』。
タイトルを見てすぐに『ベルリンに一人死す』の映画化だと判ったので、さっそく観てみた。
いつも通り、wikiさんから簡単にストーリーを引用しながらオレの所感を書いてみようか。
第二次世界大戦中の1940年、オットーとアンナのクヴァンゲル夫妻は、ナチス政権下のドイツ・ベルリンで暮らしている。街はフランスへの勝利で沸き立っているが、夫妻の元に最愛の一人息子ハンスが戦死したという知らせが届き、2人は悲しみのどん底に沈む。
映画の冒頭部分、ベルリンの街はフランスに勝利した事で市民の顔は明るいんだけど、そこへ息子の戦死を知らせる手紙・・・。
妻アンナを演じる(エマ・トンプソン)が夫をなじるんだけど、
あなたと総統がハンスを殺したのよ!
いやいや、これは危険な発言だろ。
あの時代のドイツでヒトラーを批判するような言葉は、警察やらゲシュタポに連行されて当然。
何も言わずに黙り込む夫のオットー。
顔の表情とか仕草に息子を失った悲しみが表れてて、ヒステリーを出す事で悲しみを表現する妻と、無言だけど悲しみが滲み出てる夫のコントラスト。
またそんな折、隣家のユダヤ人老婦人の家に物盗りが入り、やって来たゲシュタポの前で自殺するという事件が起きる。
ここで当時のドイツの世相を解りやすく表現してるんだけど、ユダヤ人を徹底的に弾圧するドイツ人、良心では悪いことだと理解しつつ権力を恐れて見て見ぬフリをする人たち、実にさまざまだ。
息子を奪った総統や戦争が許せないオットーは、葉書に怒りのメッセージをしたため、街の一角にこっそり置き残すというレジスタンス運動を始める。アンナは当初、夫の身を案じて反対したが、次第に協力して活動するようになる。
ヒトラーを批判する文章をカードに書いては、街の中(誰かが拾うような場所)に置いてくるようになるんだけど、う~ん、この辺りはちょっと唐突感・・・。
もう少し、オットーの葛藤なんかも描かれると良いと思うんだけど、まぁ、映画という限られた時間の中で表現するとなると、これが精一杯なのかも。
ここで見どころの一つなのが、オットーがヒトラーの写真を眺めてる場面。
まだ抵抗運動を始める前の事だ。
オットーの手の中の白黒のヒトラーの写真の下にはFührer(総統)と書かれてるんだけど、このFührerの文字を書き換えてしまう・・・。
Lügner(嘘つき)
ほら、FührerとLügnerって、文字の形が似てるでしょ。
これをインクでLügner(嘘つき)って言葉に変えていくんだけど、オットーの表情とアンナの表情がたまらない(涙)
ゲシュタポで捜査を担当するエッシャリヒ警部は、増え続けるカードの出所に頭を悩ませていた。国家親衛隊 (SS) の大佐に急かされ、エッシャリヒは誤認逮捕だと知りながらクヴァンゲル夫妻の隣人・エンノを殺すことになる。
街のあちらこちらにカードを置いてくるオットーとアンナの活動は続くんだけど、もちろん捜査当局だって黙ってるわけない。
だんだんと捜査の網を絞り込んでいくわけで、危ない場面も出てくる。
カードを置く姿を目撃されたり、電車の停留所では捜査当局とニアミスしたり・・・。なかなかのサスペンス感だ。
オットーのポケットの中、カバンの中には例のカードが入ってるんだから、職務質問でもされたら一巻の終わり。観てるこちらもヒヤヒヤだ(原作を読んでるとはいえ、この辺りの緊迫感はさすがにドキドキww)
でね、ちょっと気になる事だけど・・・。
オットーが書いてるカードには、ヒトラー政権を批判する文章が書かれてるんだけど、他には、こうも書かれてるわけ。
これを読んだら次へまわせ
にも拘わらず、オットーが街で置いてきたカード、次へまわされるどころか・・・
ほとんどが警察に届けられてる!
最終的には285枚のうち267枚が警察に届けられてるわけで、オットーの願いは虚しく空回りしてるって状況なんだけど、ヒトラーを信じきっていたのか、怖いものには近寄らない心理なのか、関わり合いになる事を恐れての通報なのか、その辺りの市民感情を描いてくれてればもっと感情移入できた。
まぁ、ほとんどが届けられてたせいで警察もやっきになって捜査してるんだけど・・・。
さぁ、そろそろ映画も佳境だ。
ベルリンの街が空襲で荒廃してきた1943年、オットーは病欠者の代わりに非番の日に工場に呼ばれ、そこで自分で書いたカードを落としてしまう。オットーはこれを誤魔化すためナチ党員に届け出させるが、プロファイリングを進めていたエッシャリヒらによって逮捕される。妻アンナの連行と死者が出たことを聞いたオットーは、今までに285枚のカードを書いてきたことを認めるから妻を釈放してほしいと言う。
ゲシュタポのエッシャリヒ警部、これがなかなかのキレ者で状況証拠を積み上げてオットーをついに逮捕。もちろん妻アンナも逮捕されるんだけど・・・。
この映画、簡単にエッシャリヒ警部を悪者に仕立ててない。ゲシュタポ内での上下関係なんかもちょこっと描かれていて、彼には「彼なりの正義」が有る事を描写してる。
逮捕されたオットーとアンナの運命はどうなるのか・・・。
もちろん原作を読んでるから結末は知ってるけど、この映画のラストもなかなか魅せてくれる。
ネタバレしないのがオレのブログの流儀なので詳しくは書かないけど、オフィスで一人呟くエッシャリヒ警部の最後の言葉、これは記憶に残る言葉だ。
カードを全部 読んだよ
君と奥さんのカードをね
全部を読んだ者は
私しかいない
18枚以外 全部を
18枚以外を・・・
警察に届けられた267枚のカードを手にもつエッシャリヒ警部。
そして・・・
うん、これ以上はネタバレだから書けない。
いやぁ、原作もそうだったけど、映画の方も重くドンヨリした気分にさせてくれるww
あれだけ長い原作を2時間弱にまとめてるんだから、多少は端折ってるけど概ね上手くまとめてるし、見ごたえのある映画だった。
妻アンナを演じたのはアカデミー賞女優のエマ・トンプソン。美人じゃないけど、それだけに現実味を感じさせる好演だった。カズオ・イシグロ原作の『日の名残り』にも出演してたけど、この人、地味な女性役を演じたら相当な上手さ。美人じゃないからそういう役が似合うんだろうけどww
って事で、今回の『ヒトラーへの285枚の葉書』は☆4.5個ww
いつものバイト君の下書きチェック

☆4.5って中途半端なww

-0.5は邦題だ!
センスが無さすぎるだろ

まぁ、たしかにこのタイトルだと
ヒトラーに直接手紙を出したように誤解されそうww

原題通りに
Alone in Berlinで良いのだ!

なんで僕に怒るんですか!
配給会社に言ってください!

・・・・・・
どう考えても、Alone in Berlinの方が孤独感を出していて良いと思ってる。
「次へまわせ」と書かれたカードの大半が警察に届けられてるんだし、それこそベルリンでの孤独を表してるだろ。
この手の映画だと『戦場のピアニスト』だとか『ライフ・イズ・ビューティフル』みたいにユダヤ人の視点から描かれたものが多いけど、この映画は一般のドイツ人労働者の視点から描かれてるのが新鮮で良かったな。
ユダヤ人の視点から描かれてる映画って、悲惨な状況をこれでもかって映すことが多いし、「どうだ?おれらの民族は可哀そうだろ?」って押し付けられてるようで・・・
鼻につく!ww
かと言って、『戦場のピアニスト』や『ライフ・イズ・ビューティフル』が駄作とは言ってないぞ。それなりに見応えはあるし良い映画だとは思うけど、オレには合わないってだけの話。
ついでに書くと『シンドラーのリスト』もなにが良いのか、オレにはさっぱり解らないww






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